COLUMN コラム
私は、数学と言うか算数に対する強い苦手意識がある。
経営者は数字に強くないといけない、と言われている。
常識である。
だからこそ、数字に強くありたいと思ってきた。
ある日のことだ。
「理数系ですよね」と言われたことがある。
あれ?と思った。
確かにエンジニアという職業柄もあって、理数系であると思われることが多い。
その度に「実は文系なのですよ」と伝えては驚かれた経験が山ほどある。
しかし、職業ではなく私の話し方や考え方、思考パターンを知った上で「理数系」と評価されたのだ。
1人だけだとたまたまのこともあるだろうから、妻に確認したところ、「今頃?」みたいな顔をされた。
そこで、文系と理数系とはどういったものなのかを考えるきっかけがあったので、その答えをシェアしていきたい。
目次
そもそも何の区分だ?
文系だの理数系だの区分があるのは知っているが、この区分はそもそも何だろうか?
高校の受ける科目か?(劣等生高校なので選択科目とかなかった気がする)
大学の学部か?
それとも、純粋に得意科目の話か?
考えてみたのだが、実態としては数学を挫折したかどうかなのではないか?
数学の公式を覚えたり式を解いたりするのが嫌になった人が文系で、それ以外は理数系といった雑な区分ではないだろうか?
それ以外に考えられない。
国語力のない文系と国語力のある理数系
そんなはずがないと思うかもしれない。
では、文系とは何だろうか?
普通に考えれば、理数系以外の科目を得意としている人たちという意味合いになる。
ということは、理数系よりも国語力があるはずだ。
日本において文系の方がやや多い。
では、これらの人は正しく国語力があるのか?と考えると怪しいものだろう。
一方で、理数系だとしても文系よりも国語力の高い人も多い。
つまり、何が言いたいのかと言うと、文系だから理系科目が苦手であっても、逆はその限りではないということだ。
理数系の人も文字媒体で情報を収集するため、国語力がなければならない。
国語力を持つ理数系とそうでもない文系が存在する。
純粋に文系と言うからには正しく文系科目に強くあるべきだが、実態としてはそうではないことが多い。
このように考えていくと、文系という縛りは理系科目に挫折したと考えることが妥当である。
「文系だから」というのは言い訳に過ぎない
だが、果たしてこの区分は適切だろうか?
大学の学科という意味合いでは問題ないだろう。
学科という視点で見ると、カテゴリ分けをすることも大事だ。
たとえば文系学科とは政治・経済・文学・教育などが含まれ、理系学科は理学・工学・農学・医学などが含まれる。
一方で日常において、文系だの理数系だのといった区分は適切だろうか?
「私、文系だから算数できない」といった免罪符を使う際の「文系」は何なのだ?
「山田君は理数系だから、パソコン使えるよね」といった時の「理数系」は何なのだ?
こういった会話が日常に行われている。
これは正常な状態なのだろうか?
どこか言い訳に聞こえてしまう。
「私は文系だから、そういうことができなくても問題ない」
このように聞こえてしまうのは、気のせいか?
気のせいではないはずだ。
AI時代を生き抜く能力
AI時代に私たちは突入した。
このAI時代を生き抜くために必要な能力はいくつかある。
その中の1つに「論理的思考」というものがある。
物事を論理的に捉え、判断することができる思考パターンである。
獲得した情報を論理的に判断する能力のことだ。
AI時代はAIを使って働く時代である。
そのため、AIから出された情報を活用する必要がある。
その活用時に論理的に判断し、実行していくことが求められる。
もう少し解説すると、データから仮説を立てて、検証して、改善するサイクルが求められる。
最近の商品ライフサイクルは短い。
その短い中でいかに実験する速度を上げていけるかがポイントとなる。
そのため、論理的思考はAI時代に必要不可欠な能力と言われているのだ。
では、この論理的思考は、誰でも獲得できる能力なのだろうか?
論理的思考を英語で示すと、ロジカル・シンキングと言う。
ロジカルということは、数的思考でもある。
ということは、本来であれば文系には獲得できない能力のはずだ。
論理的思考は数学的能力の1つである以上、数学的能力を持たない文系には獲得できないからだ。
もし論理的思考が理数系にしか獲得できないと仮定するならば、今後の世界で文系は一切活躍できない。
AIやロボットによって取って代わられる世界の被害者になるからだ。
だが、本当にそうだろうか?
文系の人間でも論理的思考を持っている人もいる。
では、論理的思考は誰にでも獲得できるものであると仮定することができる。
もしその仮定が正しいとするならば、文系の人は数的能力を持っていることを証明できる。
数的能力を持っているということは、理系科目ができないわけではないことを示す。
論理的思考は誰にとっても獲得しようと思えば、後天的に獲得できる能力であるのだ。
「文系」「理数系」という呪いが成長を阻害する
私の結論として、「文系」や「理数系」といった縛りが人の成長を阻害しているというものである。
「あなたはこういう人」と言われると、そのように行動したくなるらしい。
ということは「あなたは算数ができなくて当たり前」というレッテルを貼られると、人はどう行動するだろうか?
理数系の科目に対してどんどん苦手意識が出てしまうのだ。
人は本来可能性に満ちている。
その可能性をダメにするのは、こうした縛りやレッテルである。
今一度、「文系」や「理数系」といった呪いから解放されるべきである。
論理的思考の獲得においてもそうだ。
パソコンの操作においてもそうだ。
AI活用においてもそうだ。
何事においても自分は「こうだから」と決めつけていないだろうか。
私もある。
もちろんある。
だが、今一度自分を振り返って、改めて自分も今成長できるのではないか?と希望を胸に挑戦してみて欲しい。
論理的思考の簡単な獲得方法
それでは、今回は話に出た論理的思考の簡単な獲得方法についてお伝えしようと思う。
流石にエンジニアになろう!っていうのはハードルが高いので、簡単なものをお伝えする。
方法は2つある。
今日からできることなので、やってみて欲しい。
物語を分析してみよう
ドラマや小説のストーリーがこれからどうなるのか?を考えてみよう。
小説だと大変なので、ドラマがオススメだ。
CMに入った瞬間に、
「これってこうなるんじゃない?」
と考えてみる。
その時に理由も考える。
あてずっぽうに言っても意味がない。
「だって、この時こういうことをあの人が言ってたし、今こういうシーンだから、こういうことになりそう」
といった感じで考えてみよう。
恋人や夫婦、家族で観ている時は、みんなで話し合いながら進めると、自分とは違う視点への発見もあってより面白いだろう。
ボードゲームでトレーニングしよう
今のボードゲーム業界はなかなか面白い。
戦略ゲームやコミュニケーションゲームなど多種多様なゲームがある。
戦略ゲームは論理的な思考を持たないと勝てないので、論理的思考を獲得するなら戦略ゲームがオススメである。
だが、ボードゲームの中には論理的思考を強化することに特化したゲームがある。
それが「タギロン」である。
このタギロンは論理的思考を強化することに特化しているため、かなり頭を使う。
30分と短い時間であるのに、2セットもすればかなりの体力を消耗する。
だが、非常に楽しく遊べて能力を強化できるので、オススメである。
という説明だと、あまりよく分からないので、少し説明しよう。
タギロンは
- 多数のカードの名から不特定のカードが手札となる
- その手札のカードを当てられたら負けで、相手の手札を当てたら勝ちというシンプルゲーム
- 手版ごとに限られた選択肢を論理的に評価
- 相手の動きから予測して、相手の手札をさらに絞り込んでいく
- 直感ではなく仮説を立てながら答えを導き出すゲーム
といった特徴を持つ。
遊びながら「仮説・検証」を繰り返すゲームなので、論理的思考が楽しく獲得できるのだ。
これからの時代に必要な能力とは
これからの時代は確実にAI時代になる。
パソコンが到来し、インターネットが私たちの生活を一変させた。
90年代の時、今のような生活を想像できただろうか?
すべてはインターネットから始まった。
このインパクトが今再び起きている。
それがAIである。
AIは私たちの働き方を変えるだけではなく、求められる能力も変えていく。
これは過去にも経験してきたことだ。
また発生しているに過ぎない。
であるならば、私たちも時代に適合すべく改めて調整していく必要があるのだ。
そして、今回求められる人材とは「考える力」・「判断する力」・「行動する力」を持った人材である。
いつまでも「文系」「理数系」という枠に囚われるのではなく、活躍できる力を身に付けるべく挑戦すべきではないだろうか。
最後に
今回のコラムはどうだっただろうか。
今回のコラムをまとめると
- 文系や理数系の区分は無意味な心理的障壁に過ぎない
- 論理的思考は誰でも獲得できる能力である
- 楽しく獲得できる方法で無理なく獲得しよう
- AI時代に生き残る人は、考え判断し行動する人
となる。
今こそ自ら「学びをデザイン」することが大事な時である。
さて、今回のコラムが何か気づきや学びになれば幸いである。
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それではまた次回のコラムでお会いしましょう。